無敵になろう

敵を作らないことだ。
それが「無敵」ということ。

一般的には 敵を作らない、というと 人のやることにいちいち盾つかない、嫌われないようにする
人に好かれるようにする…
そんなニュアンスが強いかもしれない (と今 気づいたよ)

ここでいう無敵 とは

「敵」などいない、想定しない ということ。
だから もっというと「味方」もつくらない ということなっちゃう

裏表なしの世界観では 敵も味方もいないのだけど

敵などいない 無敵って 圧倒的に強い というイメージでもあるでしょう。

その圧倒的な強さは 誰のため、なのか、っていうと

「みんなのため」なんだ

こんなこと、考えていない人たちも いる。
人のことどころか、 自分のことすら「考えていない」
もう 生きるのが精いっぱいな人たち。

もちろん そんな状況の中でも 考えている人は、いますよ、
世界中にいます。けれど

どんなに傍から見て 恵まれた環境にいても 自分のことすらろくに考えられない
目先のことで いっぱいいっぱいな 人もいれば

環境が圧倒的に不利で、悲惨な状況が日常生活当たり前 なんて地域にいても
自分のことのみならず 人々のことを 考えている人だっている。

それが目に見えた形で分かるかどうかは また別の話で
「活動」している人だけが そうとは、限らないのだけど。

圧倒的に強い、無敵、それは 肉体というより、そこまでいくと
やはり「精神力」の強さ となっていく。

おかれた状況や 肉体的な不具合、苦しみ痛み、に屈しない精神力。

それを意図的に鍛えている人たちって いる。
軍隊や、自衛隊など レスキューに当たるような人たち
軍隊なんて、 ないほうがいい、もちろん 攻撃したり、戦争の任務に当たったりするのだけど
それだけじゃ、ないんだ みんな 人間だし

自分の命も顧みず 人のために動けるように 訓練された特殊部隊。
冷静沈着に、任務を遂行するために 判断力と行動力。

それは想像を絶するトレーニングをしているはず。
超人的、と称されるような人たちって 何らかそういうことを 経験しているはずで
アスリートや 冒険家とか

そういう人たちって 敵は 他人じゃないんだ
あくまでも 自分の内側。

圧倒的に強いというのも メンタルの話。
「誰かと比べて」 という 比べることのない
ゆるぎない強さ、を 自分の中に持つ。

そういう人間は おのずと 生き残るし

場合によっては 自分が残るより、誰かを何かを残すことを
選ぶ、という可能性も あるんだ。

ただ、「長く自分という個体」を生きながらせればいい
というわけではないこと。
そういったことを、身体や理屈で分かっている人がいる。

単なるヒロイズムではない。 全体こそがすべて(文字通りだね)だから。

全体を残すこと、そこに 自分が持つそのスピリットは続いているのだから、
自分の肉体とか、個別の個性にこだわらない という。

で、 こういう話を理屈だけ 知って だから、死んでもいいんだ
生きることにこだわらない、なんて 言っちゃうのは 危険だし
そんなこと言っている人ほど いざとなったら 死にたくないとか
死ぬのが怖い とか 言ったりする(かもしれない)

自分ならではの リアリティを 楽しまないで なんの人生か!
そういう人とは「親しくする」趣味も時間も持ち合わせていないけれど。

私の個人的好き嫌いはともかく

人と繋がっている、人と関係があるってことは ものすごく当たり前すぎて
普段自覚がないけれど 改めて考えてみると、すっごく嬉しいこと素敵なこと。

殻に閉じこもって 分かってくれる人だけに 分かってもらえればいい
って言っていた 小さな女の子が 大人になっちゃったね 笑

そういう気分と前提 こだわり、がさっぱりと消えちゃった
というか、もう「必要」ない、というそこに今のリアリティがある。

自分と直接関わりのある人のことは全員、「好き」に設定を変えちゃおう。
嫌なところがあろうが 何だろうが 好き、でいいの。
直接「好きだ好きだ」と言う必要はなし。

ある意味「好き」に理由はいらないし
「好き」ほど「無敵」なこともない。

言わなくても、それは必ず相手に伝わるのだから。

皆さま、ここでこれを読んでくれる方に 本当にありがとうございます。
きっと この中の誰かには 会えると思うと
とても 嬉しい。 そんな気持ち。 会えなくてももちろんね。

また、読みに来てくださいね。

今日も良い一日を!

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