縁起とは何か 空とは何か 3

観察者の意識が関係性を決める。あなたの意識が向けられた瞬間、観察対象が安定する。
不安定(波)が粒子(安定)に。

量子論は「客観的事実」の存在を否定し
自然は観測によって状態が初めて決まるものであり 誰も観測していない時は
何も決まっていない。

量子論、量子力学には 矛盾があって 納得できない人も多いでしょう。
これはミクロの世界、 物の理(ことわり)の話だろ、と

「物」と「人間」を分けて考えている限り、理解不能、
自然と人間を対峙させて考えている限り、理解不能な 話でしょう、

思考だけで理解しようとするのは「無理」があるかもしれません。

私がこんな話を ここで言い切ってしまうのは
このテーマの最初に書いた、夕焼け空をぼーっと見ていた時にやってきた
ある種の閃き。言語を超えた「体感」
言葉、思考で分かったのではなく「身体(脳)で分かった」

苫米地英人博士著 「お釈迦さまの脳科学」178ページに
悟りとは究極的に抽象度が高まった体感 とありますが

脳の中と外を包むような閃きがほわあっとやってきて
脳を超え身体の外までその気づきが広がったそんな感じ
自分の外側なんてないんだ…と言語化がすぐにやってきた…
時間にしたら「ほんの瞬間」の間に
この世界の仕組み全て、とまでは言いませんが
天と地がひっくり返った(比喩)わけなのです。

世界が外にあると思っていたけれど
全て内側だった…
「外部」は内部だった… つまり、「外も、内もない(区別がない)」…

前回より ちょっと丁寧に説明してみたのですけど
読み返すと ちょっと大袈裟かもしれません

同じ内容を言葉や表現を変えて 繰り返すことで
理解は深まります。

前回、自分の解釈を疑うのだと記しましたが、
自分が理解出来ないこと 自分の常識の範囲外のことを言っているからといって
「違っている」「ありえない」などと「否定」してしまうのではなく
自分の常識はいったん脇に置いて、そういうものなのか、と
素直に聞くことはとても大切なことです。と同時にそれに対して
疑問を持つこと」
常にその姿勢を持っていること、あわせて重要なことです。

はなっから否定して、切り捨ててしまうのではなく

「あの人が言うのなら本当なのだろう」とか
「外側がないとか世界がないとか 頭おかしいのでは」
などと 判断する その自分の姿勢を 疑ってみるということです。

今と一分先で、見えている世界がどれだけ変わるでしょうか。
全然変わらない?
「自分の目」には 視覚的には 何も変わらない、
ディスプレイに映っている文字列が変わっていくのは
「目に見えて」違うことだけれど 他はほとんど変化が見られない?

認知できないだけで、変化は様々なところで起こっているわけです。
顕微鏡レベル、もっと微細なレベル、肉眼で捉えられない、
五感で捉えられないだけで 意識に上らないだけ。

疑うということは
昨日と「全く同じ今」はない、ということでもあります。
昨日通じたことが 今通じない ということは多々あるわけです。

さっきだったらOKだけど
今はもうダメ(残念!) みたいなことってあるでしょう。

これは、ゴールを達成するには自分の過去はまったく関係ない
という話とも通じることなのです。

空の思想を 単なるご都合主義の話にすり替えてはなりません。
現在なんて 幻想なのだから 自分たちの正しい主義のためには
人を殺めても いいのだ という理屈は通じません。

論破出来るものなのです。

未来だって幻想 あの世だって 高次元だって幻想、
ならば 自分(たち)の主張が 正しいというのも幻想です。

外部がない。この世界、何もかもが実は幻想のようなもの
(夢のようなもの)
とはいっても どんなに目をこらしたところで
どんなに ないと思ったところで
見えてる世界は「消え」はしません

しかし あなたが瞼を閉じた時にも
外にその世界が そのままあるかどうか実は、確かめようがないのです。
瞼を閉じているあなた自身には。
そこにある と思っているから 連続して続いている世界が
あると リアリティを持っている(信じている)だけなのです。

こういう話は、言葉遊びではありません。
全部自分が「そういうものだ」と決めているから
そう感じているだけのこと。

個人が、「全て(の事象)」を把握(認知)出来ることは 不可能だからです。

検証していく、推測していくことしかできません。

他人の意見や考えが 自分と同じって ありでしょうか。

あなたが当たり前に思っていることと
「違う」ことを知っている人 考えている人達は大勢います。

自分の人生を今までと違う人生に変えたいのなら
それを「知る」ことです
そして、それを検証しながら 行動することです。

空を体感するということは
自分「だけ」他人「だけ」という幻想自体が崩れるということでもあります。
悩みや苦しみ、の幻想も同時に壊れてしまうでしょう。

だからといってそれで人生が終わりはしませんし
現実的な部分での激変、となるわけではありません。

知識を生かすこと。言動行動に落とし込むこと
それを 日常の生活に生かすことのほうがずっと大切なこと。

あり、もない、も 何でもござれ、が宇宙なのです。
あなたが想像する未来にはどんなゴールがありなのでしょう。

あり、なし の世界を自由に行き来することが出来れば
未来に怖いものはありませんよね。

無限の可能性の宝庫から あなたは何を見つけ出しますか。
何を作り出しますか。
ご一緒に 未来を見つめて まいりましょう。

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