宇宙は巨大な脳?

宇宙は巨大な脳なのでは?と 物理を研究している学者さんの説なのだが
10年前の自分だったら 今の自分が言っていることは 信じられないだろう と

その感覚は とてもよくわかる気がする。

物の成り立ちが知りたい 
宇宙の成り立ちが… と どんどん追求していくと
物は「物単体では」成り立たなくなってしまう。
物ってなんだ?と考えている側、「観察している側の視点」の話になってしまうわけだ
「脳が脳ってなんだ?」と考えているような そんな感覚。

私って 自分って 宇宙って 何?と

アメブロに「後世に名が残る」というタイトルで記事を書いたのだけど
そういう言葉が頭の中に ふっと出てくることが多々、あるわけで

「アメブロに何を書こう」などと自分に問いかけておくと
そのように 閃いたり 言葉が 出てくるのだから(問いかけ次第なのである)

目覚めてすぐとか お風呂の中とか リラックスして ちょっとぼーっとしている時
サイクリングロードで自転車乗っていた頃は 閃きの嵐、だった時がある。
言葉のほうから、私の頭の中に降ってくる そういう感じ。

世界の表と裏とがひっくり返った2007~8年は特にすごかった。
メモしきれないことはいっぱいあった(ま、必要なら随時出てくるでしょうって 笑)

「私」という個人、の大元が巨大な脳 なるほど

神とかアカシックレコードとか、英知とか
そのように表現されている 「それ」「そこ」

「私ってすごい」のは「鈴木弘美個人」というよりも
「そこ」なのだもの、
そことアクセスしていること自体が特別とかすごい、わけではないんだもの。
誰にだって 備わっていて 緊急事態になれば そこと勝手に繋がっちゃう
(火事場の馬鹿力とか)

それをもっと、意識的に、世のため 人のため もちろん自分のためにも…
使おう、使うには どうすれば いいのか。

この、「私」が考えるだけではなく 問いかけておけば
大元というか、本体というか そこから 答えが 返ってくる

つまり もともと、私が考えているのではなく
巨大な脳自身が 考えているのではないか。

宇宙(巨大な脳)が見ている夢…
個人はその一端を担っている。個人も 宇宙そのものも、「幻想」のようなもの。

地球が見ている夢が 私たち人間が見ている「現実世界」なのかも
なんて 私が書くと ファンタジーみたい。

超リアリストで超夢想家。 どちらが欠けても成り立たない。

160316_1215~01

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