人間の特性を生かす

「人間」は 社会的な生き物だ。

「言語」を主なコミュニケーションの手段としている点において
地球上の他の生物に対して 一線を画している。

人間の中に「神性」が宿っているというならば
その「神」とは何か 絶対のルールはあるのか

その答えが「絶対」は ない
(あるといえばある ないといえばない)という
「空」の概念に辿り着く。

辿り着いただけでは 何の役にも立たない。

宇宙とは?自分とは?

考えに 考えた末に辿り着く「わからない」
考えない(考えられない)から「わからない」

結果が同じでも その思考するプロセスは真逆といってもいいほど違う。

「プロセス」こそが「自分と他人との違い=自分の人生」

「わからない」のだから やってみたい やるしかないと思うのか
「わからない」のだからやるだけ無駄 面倒くさいと思うのか。

何も「考えずに」ありのまま 感情の赴くままに生きるということは
動物として生きるという選択をしたも同然で
「群れ(環境)の中での最適化」を図るしか 生き残る術がなくなってしまう。

群れからはぐれた者 弱った者を 群れはかばってくれない。
群れの動きについてこれない個体に未来はない。

群れを嫌って人間社会を嫌う人間も
群れに合わせることばかり考えている人間もいるだろう

世の中(環境)が間違っている
権力者や支配者が間違っている。
許せない?
仕方がない?

世の中に合わせるのも
嫌うのも 逃げるのも
既存のシステムの枠内ということにおいては
大差ないこと。

人類全体、地球全体の未来を思う人から見れば
既存のシステムは合わせるものでも 嫌うものでも
逃げるものでもない。

システムなどあってないようなもの
機能している部分と例外 どちらもあると
知っているから。

ネットを通じて 以前より身近になり
知らないはずだった人達を
そこかしこに感じるようになってきた。

そこをクリックするだけで
メッセージを送るだけで
本人からレスポンスが返ってくる可能性もある。

「すぐ繋がれる」「目視」出来る。

リアルだろうがネットだろうが 本物も偽物
虚実入り混じっていて 玉石混合ではあるけれど。

だからこそ 自分が何を「想い」「考える」か
これで「現実」が「未来が」決まってくるのだということ。

調べれば いくらでも調べることが出来、
どれを選択するのか 何が好みなのか 全て

自分次第だということ。

今の自分が 何を思って 何を知っているのか。
いつもいつも頭の中で「何を考え(想像)してるのか」

そこを動かすことこそ 未来(の現実)に影響を与える
干渉すること。

人間の特性、大脳新皮質をいかように使うか。
どのように使いこなすか、考えること。知ること。
それは、人間力を発揮するファーストステップかもしれない。

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