何が幸せって 何がすごいって

ゴールと聞くと
小学生の頃の徒競走とか スポーツ競技など
「競争」をイメージするかもしれないが

自分がそこに到達することを「思う」だけで楽しい
そのことを「想像」するだけで臨場感が上がり、
どうやってそこに向かおうか
いてもたってもいられなくなる…それが「ゴール」

未来にこうありたいという個人的なものから
人類の未来を見据えたゴール
知りたい やりたい 行きたい 見てみたい
ゴールが私たちを引っ張ってくれる。

夢やゴールを思い描けること自体が、既に幸せであって
人間が持つ能力、環境、そのすべてが既にここに揃っている。
こんなすごいことが 幸せなことがあるだろうか。

達成するまでのプロセス全てが幸せだということ。
幸せは 到達するものでも 成し遂げるものでもない。

人間というシステムのすごさ

この「すごさ」を

「私ってすごいんだ」と「高いプライド」の維持に使うだけっていうのは
本当にもったいないし

私ってなんてダメなんだ とか
私がこんなに不幸なのは あいつのせいだとか
他人が 幸せそうだったりするのが 許せなかったり

そんなことを考え続けることに「使うだけ」なんて
本当に残念であり、こちらから見ていると
誠に気の毒としか言いようがないのであるが
(私が言って 通じる位なら やめてますものね)

自分次第で いかようにも、なれるという
自分の「想像力次第 解釈次第 思考力次第」

我々の未来は、まだまだ「未知数」 
「想像 解釈 思考」 大脳新皮質をいかに使うか
生かすか、ここが面白いところ。

人間の特性を生かすでも記したように

そこを使えば ダメも素敵も リッチもプアも
あなた次第、想像力と行動力次第で どこまでも。
想像力は物理的制約に縛られない。
現実での結実がいつになるかが、不確定なだけなのだ。

想像力の限界を超えて私たちはどこまで行くだろう。

「人間」というシステム(系)を超えて 
新たな「人類へ」

この時代に ここで出会えた人たちのことを思うと
一人、にやついてしまう
変なおじさんみたいな わたくしなのである… 笑


 

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