仮観 宇宙の果てって?

私は、宗教に詳しくありません。仏教にも他の宗教にも。
ですから、気づいた当初、「空」という概念を知らなかったので
それを「すべて」と称しておりました(2008年アメブロに記事にリンク)

全てがある。それは「空」の概念。
有る、無しを含む、なんでもあり。
それはとても自由で流動的な世界が「空」

それに対してこの世は「現実」で絶対(実体)なのだという
仮観。

今の幸せ、信頼して心安らげる関係を永遠に続けたい
この豊かさ、この美しさ、若さを…?

人間ならではの愛着。 人間って、愛着あること以外でも
慣れ親しんでいる日常、思考、行動を変えることを基本考えません。
よっぽどやってみたいこと、面白そう、という興味のあること以外

たとえ全てが「空くう」だとしても
リアリティのあるこの地球上の全ては一つとして同じものはない
それぞれが、かけがえのない存在。

私たちの身体にも何一つ、無駄なものはない。
ムダ毛一本でも自然に抜け落ちるまでは 無理やり引っ張れば痛い!
大切な身体の一部なのです(ムダ毛なんて言い出したのは最近でしょう)。
ムダ毛、かなり肩身が狭い。
(処理も、極端に走る人と、その風潮に反発する人両方いますね モデルさんとか)

身体の細胞は入れ替わり、摂取した飲食物は、身体の中で分解され、残りは老廃物となり
体外に排泄されるわけで、最初ありがたくいただいた食物だって、大切な髪の毛だって
身体から離れた途端、排泄物、ゴミ扱い。
関係性が変わっていくわけです。

身体も 宇宙も すべてが関わりあってその様相をなしています。
自分だけ「孤立」して存在することは 不可能。

どんなに一人ぽっちだと思っていても
私たちは周囲と繋がっています。
一人だけ、宇宙の外に逃げるなんてこと、出来ないのです。

人間は、何とも関わらずに存在することは不可能なのです。
空間には何もないわけではありません。
常に、周囲と自分は一体だということです。
私たちは、離れていても 空間で繋がっているのです。

この宇宙の外って 果てがあるのかないのか。
果てはない、延々と続く… という説と
閉じている という説
この二つがあるようですが

どちらにしても 私たちは、宇宙の外へ
現時点では出られそうにありません。

完全なる一人ぽっちには どこまで行ってもなれない。
このどこまでも広がる宇宙 いえ 閉じた宇宙の中で
私たちは繋がっている。

私だけ、は関係ないね。なんて言ってても。
空だろうが仮だろうが、自分を自分と認識出来るのは自分以外がいるから、です。
自他とは、お互いが裏表と同じく ワンセット
あなたがいるから 宇宙がある。宇宙単独で存在することは出来ない…

あなたが観察するから宇宙がある。世界がある。
そんなこと言ってるのが量子論。
物と私たちは、切っても切れない仲という(自説)

タイトルは未定ですが 続く…

 

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