未来を思う 宇宙創造

「時間軸」で見れば 私たち人間には「未来」しかない(未来がある)
過去は記憶やデータとして残っているだけで 過去には実際には戻れない。

「今」しかない、と言ってもいいのだが
人間が、「今」と意識(認知)した時は既にそれは 過去の話で
そうすると

やはり「やってくるのは未来」しかない わけだ
未来を思い、そして 未来が今となる。
時間が「流れ」ている とするなら それは未来から。

今日は過去になり、決して明日には ならない。

これは「人間世界の話」

私たちの本質的な部分は「意識」だ。

全身麻酔で 意識がぷつっと消えた時
「私」も「自分」も「世界」も一緒に消える
(夢も見ないで熟睡中も)

麻酔から覚めた時 「意識」が頭の上から中に入ってきた
天井のほうから意識がひゅっと入ってきた
そんな記憶があるのだけど

私たちの本質は「意識」

意識のあるなし、で「世界が見え隠れしている」ようなものなのだ。

私たち、は 個人の意識を通して 個別の世界を認識しているけれど
それ自体が「宇宙(物理的な意味での宇宙)が見ている夢のようなもの

意識が宇宙を見ている。
意識自体が 自らを知りたくて 出来たのが宇宙…

子供の頃 死ぬのが怖くてあれこれ考えた時のこと
宇宙空間で自分が一人だったら これは寂しくて
耐えられない、絶対自分以外の何かを想像して作る。
そう思った、 

これが「宇宙創造」だろう(仮説)

そのような意見を 苫米地博士も書いておられたし
他にも 見かけた覚えがある。

ここでいう宇宙は「観測対象である宇宙」のことであって
スピリチュアル的な意味合いでいうところの抽象的な「宇宙」ではない。

科学者ではないので、そうは言っても、
私はその違いを文章や数式で表すことは出来ないけれど

そんなことは誰も求めてはいないだろう。

検証も証明も出来ないけど 何故か確かだと 思っている話

今日ここで書くとは思ってもみなかったなあ 笑

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください